それゆえ、(農民の)反乱ほど有害で悪辣なものはないということを思い出し、だれもが公然とであろうと、あるいは内密であろうと、(農民たちを)打ちのめし、しめ殺し、突き刺させばいいのだ。それはまさに狂犬を人が殺さなければいけないのと同じことである。もし汝が狂犬を打たなければ、犬が汝に襲いかかり、汝もろとも全社会をも打ちのめすだろうから。
Martin Luther : Against the Murderous, Thieving Hordes of Peasants/1525。 ( 初めから読む人は、こちらをクリックしてください) これまでルターの人間に対する考え方を見てきたが、彼の根底にはキリスト教で言う、「隣人愛」というものが流れていない気がしてならなかった。人を愛情溢れる優しい目で見る代わりに、汚らわしい罪人でしか見ていないのだ。彼が思う人間はいつも肉(体)の罪深い誘惑に引き戻される悪い人間であって、健康で明るくまた健やかな人間像を見いだすことが難しいのである。 彼の宿敵、エラスムスはそれを見抜き、「自由意志論」でルターが神に全面的に服従した囚人にすぎず、そこには自由は無いと批判した。だが、それに怒ったルターは「奴隷意志論」を書いてエラスムスに反撃を加える。ところが、その反撃で言う言葉こそまさにエラスムスが指摘した神の囚人そのものの考えであった。肉(体)と不可分な人間が為すことはどんなに善意から出たことでも罪にしかならない。人は自らが「罪人です」と神に告白し、謝罪しつつ神に帰依するしかないからだ。このことについてシュテファン・ツバイクは次のように言っている。 「エラスムスが(ルターとの)対決の中心とする問題は、あらゆる神学の永遠の問題、すなわち人間意志は自由なりや否やの問題である。ルターはアウグスティヌス流に厳格な予定説からすれば、人間は永遠に神の囚人なのである。自由意志の片鱗さえ人間には分かち与えられておらず、彼のなす行為はすべてとっくに神の予知するところであり、神によってあらかじめ指示されたことである。従って彼の意志にはいかなる善行によっても、いかなる善き業によっても、いかなる悔い改めによっても、前世の負い目を脱して起きあがる力はない。」(ツバイク全集6、エラスムスの勝利と悲劇、P.173 ) さらに続けて次のようにルターを断定する。「その気質に従って、この二人の宗教改革者は、キリスト教の本質と使命に関する全く異なった見解のため、まるで分水嶺のように分かたれる。人文主義者エラスムスの見るキリストとは、あらゆる人間性の告知者であり、あらゆる流血とあらゆる紛争をこの世から追放するためにその血をささげた神聖な人であるが、それに反して神の傭兵であるルターは、キリストの来たりしは”平和にあらず、かえって剣を投ぜんため”という福音書の言葉をたのみにする」(前掲書 P.183 ) のである。ルターは人を愛することは苦手でも、嫌うことには長けていた。彼はエラスムスを「キリストの最も癪にさわる敵」と呼び、「エラスムスを押しつぶす者は、南京虫をひねり殺す者に等しい。しかもその臭さときたら、生きているときより死んだときの方がひどいのだ」( P.185 )と、隣人愛を提唱するキリスト者とは思えない罵詈雑言でエラスムスをこき下ろしているのだ。 なぜ彼がそのような狭い考えに陥ったのか。エーリッヒ・フロムは「自由からの逃走」の中でルターの精神的空疎、己を認めることが出来ない病んだ精神構造を指摘している。まさにそれこそルターが恐れ、隠そうとし、またそれから逃れようともがいた核心、「恐怖に満ちた自由からの逃走」に他ならない。また引用になるが、フロムの言葉はたいへん示唆に富んでいるので続けて紹介したい。 人間は貧しいが安定していて、不安もなかった中世が崩壊することによって自由を得ることが出来た。だが「彼をしばりつけているあらゆる絆から自由になるが、しかし、まさにこの自由が孤独と不安感とを残し、無意味と無力感で人間を圧倒するのである。自由で孤独な個人は自己の無意味さの経験に押しつぶされる。・・しかし、ルターは彼が説教していた社会階級の中に無意味感を取り上げたばかりでなく、自分を徹底的に無いものにし、個人的意志を徹底的に拒絶し告発することによって、彼は神に受け入れられることを希望出来るのである。ルターの神に対する関係は完全な服従であった」(自由からの逃走、日高六郎訳、創元社 P.89 ) まさにルターは罪の恐怖感から自己を放棄し、神に身を委ねたのだ。自由の重みに絶えられないことを、罪のせいにし、神に従属したと、フロムは社会心理学的な立場から断言していいるのである。その意味で、ルターこそ奴隷の意志を持った人間だったのである。
by weltgeist
| 2009-02-01 23:36
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