飛び飛びの細切れ状態で書いている「真理はファジーなものではないか」という論議もそろそろ結論を急がなければならないところまで来た。このことは第一回目のデカルト[ No.262 ] から、カント[ 263 ]、ヘーゲル[267、268、275 ]までの真理論で書いたので、初めてこの項を読まれる方はこちらも参照していただきたい。
これまでの論議から出た結論は、カントもヘーゲルも我々の外にあるものは人間の意識の産物としたことである。物質とは実は自分の観念が作りだした「仮象」のようなものにすぎないというのが、ヘーゲルまでのドイツ観念論者たちの結論であった。 だが、この議論は完全におかしい。もしこの世がカントが言う現象や、ヘーゲルの言う精神の運動過程だとすれば、例えば自分が銃で撃ち殺されても、これは意識における問題であって、現実のものではないと言い張れることになる。殺されても、自分は殺されていない、ただ仮の姿をした仮象が死んだにすぎない、というのはあまりに頭でっかちな空論であろう。 実際に我々の意識にあるものは客観的な物が写り出されたものではないかと考えるのが、むしろ普通である。いや我々が主観と呼んでいるものも実は全部客観にすぎないのではないかと考えたのが、次のマルクスとエンゲルスである。唯物論と言って、この世の中にあるのは「ただ(唯)物だけ」である。だから認識とは客観(物の世界)を正しく反映したかどうかだけが問題だとした哲学である。 カントにしてもヘーゲルにしても認識については重大な示唆を沢山しているにも関わらず、マルクスとエンゲルスは、ドイツ観念論の伝統を単なる主観と客観の対立関係の中にくくってしまう。そして、真理とは客観的な物に自分の認識がどこまで正しく映し出しているかにあるとした。カントやヘーゲルが考えた人間の中にある理性や精神、意識と言ったものは、所詮、外なる世界を反映したものにすぎないと考えたのである。 マルクスたちの主張がユニークなのは、客観的な物質というのはヘーゲルが考えたような弁証法的矛盾を持っていて、それが独自の運動をしているとしたことだ。前回述べた樫の実が自ら種子の殻を破って別な姿に変身していくあの運動である。それはエンゲルスから見れば物体の中に内在する対立要素が量的に変化することで、質の違った物に変化したことを意味する。彼は水が温度で性質を変えることを使って、自身の「弁証法的唯物論」を説明する。つまり、水は0℃以下では凍って個体になるが、加温して0℃を越えると液体となり、百℃を越えれば水蒸気として気体になる。同じ物体なのに、その中にある量(この場合は温度)が一定の限界を超えると質を変換すると言うのだ。エンゲルスはこれを「量から質への変換」という有名な言葉で説明する。 こうして「頭で逆立ちしていたヘーゲルの弁証法」をひっくり返し、その理論で社会を見ていくと、そこには資本家と労働者という対立(矛盾)が見えてくる。資本家が富を得るのは労働者を搾取するからであり、それに気づいた労働者との対立は次第に激しくなっていく。氷が液体の水に変わったように、対立(矛盾)の量が一定の大きさにまでなると、資本主義は自らの存続条件を喪失して、質的変化を起こす。資本家は打倒され、搾取のない労働者が力を持った社会主義の国家が登場すると予言したのである。これがその後、レーニンによるボルシェビキ革命で社会主義国家・ソビエト連邦成立の原動力となっていく。 しかし、その実験はあえなく失敗した。ソ連崩壊を期に、社会主義は急速に廃れ、今ではマルクス主義を声高に叫ぶ人もいなくなったのは誰も知っていることである。それは何故挫折したのだろうか。マルクスが主張した弁証法的唯物論は、伝統的な主観・客観が対立した認識論を否定し、ただ(唯)物質のみに還元しようとしたところに無理があったと小生は考えている。人間を物と同列に考え過ぎたのだ。人は物であるとともに物を超えた「もの」、すなわち生身の実存する存在でもある。「人はパンのみで生きるにあらず」と言った聖書の言葉を持ち出せば十分である。お金だけで人は動かない。人は「心を持った物質だ」ということをマルキストは過小評価したのである。 ここから生じてきたのが20世紀を代表する哲学、実存主義とフッサールの現象学である。実存主義は主体としての人間の役割を考えるし、現象学は対象を捉えるときどうしても避けられない主体と対象との分離を、意識の問題として統一的に捉えていこうとする。この時点においてはカントたちが問題にした形而上学的な真理の問題は幕を閉じた。そして思索は人間存在に向かっていくことになるのだが、またまた字数の限界に近づいたため、これ以降は次に譲りたい。 ファジーな真理のスレッドを続いて見たい人はこちらをクリックしてください。ファジーな真理7へジャンプします。 ファジーな真理のスレッドを最初から読む。
by weltgeist
| 2008-12-11 21:28
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