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マルティン・ルターその1、ドイツ語訳聖書と宗教改革 (No.199 08/09/06)

マルティン・ルターその1、ドイツ語訳聖書と宗教改革 (No.199 08/09/06)_d0151247_23491458.jpg 我が家に二冊の分厚いドイツ語の本がある。1522-1534年にマルティン・ルター( Martin Luther/1483-1546 )がドイツ語に翻訳した新・旧約聖書 Das Alte und Neue Testament の復刻版だ。この歴史的にもあまりに有名な聖書をドイツのルター博物館で見て以来、欲しくて仕方がなかったものだが、本物は天文学的な値段でとても買えるものではないと、最初から諦めていた。そうしたらタッシェンという出版社がその写真復刻版を発売した。もちろん本物ではないが、原典を写真に撮り製版してあるから、ページの汚れまで印刷されていて、限りなく本物の雰囲気に近い本である。即購入を決めたのは言うまでもない。
 ルターはご存じの通り、宗教改革の発端をなした人物である。宗教改革は当時のキリスト教会の堕落に彼が反発して反旗を翻したことで始まった。16世紀初頭、マグデブルグの大司教であったアルブレヒト・フォン・ブランデンブルグは、自分の野望であるマインツ大司教の地位を得る賄賂(わいろ)資金のために、人間の罪を軽くするというふれこみの「免罪符」を売りまくった。免罪符を買えば、アダムとイブ以来、罪深い者とされた人々の罪を軽減すると言って、盛んにこれを売って民衆から金を巻き上げていたのである。
 日本の新興宗教でよく行われる「ありがたいお札をお拝めば幸福になる」たぐいと同じ発想で、お金を出せば罪を軽くしてくれると言う、人間の弱みを突いたやり方である。あなたの罪もお金を出せば神様が何とかしてくれる、神の御意も金次第という発想は、洋の東西、時代を超えていつも変わらないのである。腐敗しきった教会のトップは、民衆を救うどころか騙して金を稼ぎまくっていたのだ。これに疑問を感じたルターは、人間の罪が免罪符で軽減されるなんてことは、聖書のどこにも書いてない。それどころか、ローマ書でパウロが言ったように、「人は良い行いをしても救いは得られない。ただ絶対者である神の恵みを信じることだけが救いに至る道だ」と主張した。大切なことは神を信じる信仰であり、人間の善行をいくら重ねても救われることはないと言う、パウロの言葉を持ち出したのだ。
 ルターにとって当時の教会は聖書の教えに反する堕落しきったものと映ったのである。免罪符を売ることは、神がお金で動くことになり、その絶対的権威をも侮辱することになる。我々に必要なことは免罪符を買うことではなく、徹底的に聖書に忠実になることだとして、1517年10月31日、ベルリンの南百㎞ほどにある大学町、ビッテンベルグの教会の扉に「95ヶ条の提題」という質問状を貼り付け、腐敗したカソリック教会に挑戦する。これが宗教改革の始まりである。だが、ローマカソリック教会はルターの指摘を最初はザクセン地方の小さな問題として軽く受けていた。ところが騒ぎが次第に大きくなるのに慌てて、ルターの質問に破門状を突きつけることで答えたのである。なぜなら、「良い行いをしても救われない」というパウロの考えは、当時の教会の根底にあった「寄進」すなわち金づるを失うことを意味していたからだ。
 もちろん、ルターはその破門状を民衆の前で焼き捨てる。こうして宗教改革の火の手はヨーロッパ全域に波及するのである。だが、その結果、追われる身になったルターは、音楽家バッハが生まれた町として知られるアイゼナッハの郊外にあるワルトブルグ城に身を隠す。そして、ここで新約聖書のドイツ語訳を書き上げ出版するのである。小生が購入したのは、その後出された新・旧約聖書のドイツ語訳である。(このときの経緯は5月3日に書いたNo.86 ワイマールの美女はいずこへでも書いたのでこちらも参照して欲しい。 )
 ルターは人類史において最も影響力のあった人物の一人であろう。この人物は知れば知るほど面白く、興味深い人間である。小生、そのためにルターの足取りを追って宗教改革が始まった記念の地であるビッテンベルグまで訪れている。しかし、その時の印象などもっと書くには、このブログの文章許容量は少なすぎる。すでに今日もその限界量に達しようとしていて、これ以上多く書くことは難しいからだ。
 従って、ルターのことについては、今後、何回かに渡って少しずつ書き足して行こうと考えている。今回は少し尻切れトンボだが、ここで一旦中断することをお許し願いたい。
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マルティン・ルターその1、ドイツ語訳聖書と宗教改革 (No.199 08/09/06)_d0151247_23494875.jpg
1534年にルターがドイツ語に翻訳して出版した新・旧約聖書の復刻版。開いているページはエゼキエル書の冒頭で、このようにきれいな多色刷りの版画が入った美しい本である。ヒゲ文字で書かれたドイツ語はとても分かりにくいが絵を見ているだけでも興味を惹かれる。
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左上、ルターが宗教改革を始めたビッテンベルグの町並み。ベルリンからアウトバーンを飛ばせば2時間以内で行ける。500年前、ルターもこの道を歩いたのだ。
左下、ビッテンベルグの町にあった「宗教改革記念」のプレート。ラテン語は良く分からないが、Reformator という言葉が読み取れる。これは英語の改革に当たる Reformation という意味であろう。
、ビッテンベルグにあるルター歴史博物館でお土産として売られていたビールグラス。「ビールは悪魔の恐さも忘れさせてくれる。ルター・ビール」とドイツ語で書いてある。本当にルターがこんなことを言ったかは疑わしい。多分地ビールの宣伝だろう。

by weltgeist | 2008-09-06 23:52


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