ミネルバのフクロウは黄昏に飛ぶ(No.64 08/04/08)

d0151247_14455680.jpg 本ブログの標題になっている上の言葉の由来について何人かの方に質問されたので、今日はこの説明をしたい。しかし、初めにお断りしたいのは、この種の話になると小生、しばしば「オタク化」して、しつっこくなりがちになるところがある。悪い癖とは思いつつも、どうにも暴走しやすい点はお許し願いたい。
 それで、まず、ミネルバとは何者なのか。これについて以前、パリスの審判の所(No.15 2月7日)で簡単に書いたが、ギリシャ神話の女神アテナのことである。ギリシャ神話に登場する人物の名前はしばしば違う名前で呼ばれることが多く、これが話を複雑化させ、混乱の原因ともなっている。ここでは、ローマでミネルバと呼ばれる女神が、ギリシャ神話の女神アテナのことだということをまず覚えておいて欲しい。
 さて、このアテナは、そもそも誕生からして凄まじい。ギリシャ神話に登場する神々は、この世を支配しようとして親兄弟まで平気で殺してしまう、いわば権力闘争の極限状態の中で生きていた。ギリシャ神話の原典とも言うべきヘシオドスの「神統記」によれば、天の神・ウラノスの子、クロノスは父ウラノスを殺して権力を得るが、ウラノスの呪いで、生まれた子に殺されると予言される。これを恐れたクロノスは、生まれた子供はすべて飲み込んでしまう。しかし、ゼウスだけは例外で生き延び、後に王権を得る。だが、ウラノスの呪いが自分にも降りかかることを恐れたゼウスは、妊娠した妻・メーティスを生きたまま飲み込んでしまうのだ。ところが胎児はゼウスの頭の中で生き続け、激しい頭痛に悩まされたゼウスは、プロメテウスに自分の頭を斧で割らせる。その中から出てきたのがアテナである。
 日本のかぐや姫は割られた竹の中から優しい姿で現れたが、権力争いが激しいギリシャでゼウスの割れた頭から生まれ出たアテナは、甲冑で武装した成人の姿で現れたという。しかし、アテナはゼウスが王権を奪われると恐れた男子でなく、女だったため、その後安心して長期に渡って王権を維持できたと言われている。しぶといのはゼウスで、頭を斧で割られても、何事もないように生き続けることができたのである。ま、このくらいのしぶとさがないと、王様の権力など維持できないのだろう。
 女とはいえ、甲冑で武装したアテナは、そのことから戦いの神とされ、アクロポリスの頂にあるパルテノン神殿にフクロウと共に住んでいたという。彼女はありとあらゆる邪悪なものから身を守るアイギスと呼ばれる魔法の楯を持っていた。この楯には目を合わせたものは全て石にしてしまう怪物・メドゥーサの頭の部分がはめ込まれていて、誰もアテナに反抗するものはなかったらしい。ちなみに、このアイギスを英語で言うとイージス(Aegis, Egis)である。つまり、ちょっと前に千葉で漁船とぶっつかったイージス艦はここからきているのだ。
 アテナについてはまだまだ面白いことが沢山あるが、あまりこれにこだわりすぎるとオタク化がひどくなるので、この程度で止めるが、彼女の神話がローマ神話だと女神ミネルバと呼ばれるようになるのである。
 それで、ミネルバがパルテノン神殿で飼っていたフクロウだが、これを今のイージス艦と同じ情報収集のために使っていた。いわばCIAの諜報部員、偵察衛星のギリシャ・ローマ版と言っていいだろう。彼女はその日一日アテネの町で起こったことを聞き出すために、情報が得やすい夕方に特別に訓練した鳥の諜報部員を町に派遣したのだ。そのためには暗い所でも良く眼が見える鳥として、フクロウが上手に使われていたのである。そして、この神話を引用したのがヘーゲルだ。
d0151247_1942949.jpg ミネルバのフクロウは夕暮れに初めて飛び始める(Die Eule der Minerva beginnt erst mit der einbrechenden Dämmerung ihren Flug.)。これはヘーゲルの法哲学概要(Grundlienien der Phirosophie des Rechts) に出てくる有名な言葉である。ヘーゲル哲学というと、ドイツ人特有の粘着質的な論理で、訳の分からない茫漠たる精神の世界に引き込んでしまうところがあるが、ここで言うミネルバのフクロウとは、彼女が正義=法(Das Recht)と考えるものを基準にフクロウに集めさせてくることを意味する。もっと、分かりやすく言えば、自分の気に入った話だけをかき集めてくるということである。
 夕方になると人は様々な失敗を重ねることで、少し賢くなっている。その知恵をフクロウに集めさせるのが知恵の神でもあるミネルバの役目であった。だが、ミネルバ(ヘーゲル)の頭の中には、「世の中はこうあるべき」という明確な正義の概念があり、これに沿っていないものは正義=法に則っていないと考えた。これを後にマルクスとエンゲルスが批判するのである。しかし、ここまでくるとまたオタク化するので、これ以上の説明は避ける。興味のある人は是非ヘーゲルの「法哲学概要」を読んでいただきたい。ただし、初めに断っておくが、半端な難しさではないから、よほど根性を入れないと最後まで読み切るのは難しいだろう。
 それと、小生のハンドルネーム、ヴェルトガイスト(Der Weltgeist=世界精神)もやはりヘーゲルの精神現象学(Phänomenologie des Geistes)の中で使われる言葉である。これについてはいずれ項目を新たに、また「ちょっとオタク化」を許してもらって詳しく説明したいと思っている。
*使用したフクロウの写真はウイッキペディアから引用させてもらいました。また、法哲学概要の写真は、小生が持つズールカンプ書店発行のヘーゲル全集第7巻です。翻訳は中央公論新社「ヘーゲル著・法の哲学」全2巻(各1,470円)が入手できます。
[PR]
by weltgeist | 2008-04-08 19:06


<< 地理学の変遷(No.65 08... 森の分岐点(No.63 08/... >>