3月は小生が好きだった渓流釣りのスタートする季節だ。だが今年は2月に韓国へ渓流釣りに行っただけで、ほとんど出かけていない。以前なら解禁日の3月1日以降激しく川に通ったものだが、解禁日はフランスにいたように、様変わりしている。なぜこの時期に渓流へ行かなくなったか、その原因ははっきりしている。今の渓流があまりにひどく変質したためだ。
昔は良かったと言う言葉を使いたくないが、かっての渓流は清冽で、深い底まで透き通るような透明感があった。水は澄み、おいしい川の水がそのまま飲める。そんな所を泳ぐヤマメやイワナは本当にきれいで神秘的な魚に見えた。冷たい水を好む氷河期の生き残りと言われる彼らを釣り上げると、その美しさに思わず見とれたものである。だが、こうした美しいヤマメを解禁の頃釣るのは望み薄なのが現状である。 川は汚染し、透明度はどんどん低下、昔からいたきれいな魚が減少の一途を辿るのに合わせて、ヒレがすり切れた汚らしい養殖の魚が放流されているからだ。釣りブームでやって来る多くの釣り人を満足させるには、養殖の人工魚を解禁直前に川へ放流して釣らせるのが効果的である。釣れるなら何でもいい。要するに観光地によくあるニジマスの釣り堀を川に展開しているのが最近の渓流釣り場と思っていただけばいいだろう。 小生のようにずっと昔から天然のヤマメ、イワナに馴染んできた人間にはこれは悲しいことだ。例え型のいいヤマメを釣り上げても数日前まで池で育てられた偽物という感じを拭い去れないのだ。整形美人を見ているのと同じで、サイズやプロポーションはいいが、どこかに不自然さが残る。そんなヤマメを釣っても昔のように心がときめく面白さがないのである。 成魚放流の魚は人に育てられたので警戒心が薄い。だから放流間もない解禁日は沢山釣れるが、すぐに釣りきられ、解禁翌日にはアタリすらない川と化す所が多い。ただ釣られるためだけに放された魚は、川に定着して卵を産み、準天然化したきれいな子孫を残すということがほとんどないのだ。それどころか、以前から細々と生きていた他の魚をその馬力に満ちた体躯で蹴散らし、一層川を荒廃させていくのである。 もちろん、こんな現状に川の管理者である漁協も手を拱いているとは思わない。小生の友人であるTさんなど、少しでも川の状態や魚のコンディションを良くしようと必死で頑張っている。そんな人たちを見ると、まだまだ日本の将来に希望は残ってはいると思うが、彼らは少数派でしかない。 情けないのは、こうした荒廃の原因を深く考えず、重大な思い違いをしている人が沢山いることだ。渓流の例で見るように、放流すれば一時的に魚は住み、自然は回復したように見える。だが、それは人間が考えた頭の中での自然にすぎない。大量の成魚放流が他の生物に悪影響を与え、その成魚も瞬く間に釣りきられ、後には荒れ果てた川しか残らない。自然は人間が考えうるほど単純なものではない。価値観の高い単一種だけ育てようとしても、複雑に絡まった生態系はそれを許さないのだ。殺虫剤で毒虫を殺せば鳥も死ぬ。毒虫が生きるから鳥も生きるのだ。底が浅い人間の考えで自然に手を加えても想像もつかない局面が現れ、それにオロオロしてきたのが、いままで我々人間が続けた愚行の歴史である。 本当に自然を保護したければ、人は手を出さずに自然のなせるがままに任せることだ。渓流釣りで言えば、川の一部を禁漁にし、人間が手を加えず自然の治癒力に期待しながら復活させていくことである。アメリカのレッドウッド国立公園では山火事が起こっても人間による鎮火活動をしないと聞かされた。山火事も自然。火事が背の低い灌木を焼き払い、大きなレッドウッドの木の成長を助ける。高さ90mにも及ぶレッドウッドの切り株には25年程度の周期で山火事の焼けた跡が年輪に残っていた。自然とは何か、保護とは何か、この時真剣に考えさせられた。 「保護しよう」という人間のちっぽけな知恵で行動したことが、逆に自然破壊に繋がる場合がある。このことを留意して欲しい。人間が手を加えるより、一切人間の手を離れて、放っておく方がいつか自然は復活する。自然にはそれだけの治癒力、復元力があるのだ。現在、貴重な自然が残っていると言われる世界的な場所は、どこも人間の手垢がついていない場所だということを真剣に考える必要がある。どんな善意に満ちていようと、そこに強大な力を持つ人間が入り込むだけで自然はたちまち破壊されていくのである。
by weltgeist
| 2008-03-11 22:31
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