さて、コルマール見学を終えた3月1日、我々はスイスのバーゼルに向かった。コルマールからバーゼルまでフランス国鉄SNCFの急行TER(テー・ウー・エル)で40分くらいの近さである。電車はライン川の左岸側、フランス領を走るが、ラインそのものはバーゼル駅に着くまで見えなかった。しかし、左手のドイツ側には黒っぽい森が続き、これがシュヴァルツヴァルト(黒い森)に続くものだろう。想像していたより下草が生えていて、散歩で歩くには難しそうに見えた。
午後5時少し過ぎにバーゼル駅に到着。この町は以前(1月30日記)にも書いたがフランスとスイス、ドイツとそれぞれ三つのバーゼル駅がある。コルマールからのTERは当然フランス・バーゼル駅(Gare de Bale)である。フランス人はバーゼルとは言わない。Baleである。だからホームを降りると、その先にパスポートコントロールがある。しかし、人は居なくて、誰もフリーパスでスイスへ入国できる。 駅構内から出て目に付くのはドイツ語。やっとドイツ語圏にきてホッとした。こちらは簡単な会話くらいは出来ると思ったので、駅前にいたタクシーの運転手に、 Guten Tag. Ich möchte nach dem Hotel Alexandar gehen. Aber, Ich habe kein Swissfranc, nur Euro haben. OK ? (グーテン・ターク。イッヒ・メヒテ・ナッハ・デーム・ホテル・アレクサンダー・ゲーエン。アーバー・イッヒ・ハーベ・カイン・スイスフラン、ヌーア・オイロ・ハーベン。オーケー?) と、怪しいドイツ語で話しかけたら、相手はキョトンとした後、ペラペラペラペラと早口で何か言ってきた。どうやら小生のドイツ語の発音がひどくて、理解できないから聞き直しているようだが、こちらも全然理解できない。あわてて英語なら通じるかも知れないと言い直すと彼は「何だ、こ奴はドイツ語話せないんだ」という顔をして、きれいな英語を話すではないか。小生のでたらめドイツ語はたちまち化けの皮を剥がされてケチョンケチョンである。ここはフランス語以外の言語が存在できない鎖国ではない。タクシーの運転手さんでも流ちょうな英語を話せる。フランスと違ってスイスは英語が国際語として十分通用する国であることを理解した。 我々のバーゼル滞在は一泊だけ。このためスイスフランは両替していなかったので、タクシーにユーロでの支払いでいいかをドイツ語で尋ねたのだが、英語で言い直すと問題ないという。結局今夜の宿泊予定のアレクサンダーホテルまでこのタクシーで行く。ホテルは、バーゼルメッセの前にあり、ここで毎年時計の見本市が開かれるというから、日本の時計関係者で泊まった経験のある人がいるかもしれない。 ホテルのレセプションにいたおばさんは半袖。元気はつらつという感じで、我々に部屋の説明をしてから、市内移動のための無料パスをくれた。これはバーゼルに宿泊する旅行者に出しているサービスでトラム、バスが一日乗り放題のフリーチケット。費用ははっきりは分からないが多分市観光局が出しているのではないだろうか。 ホテルの部屋に荷物を置いたら早速市内の偵察に向かう。移動はおばさんからもらった市内地図を参考に、トラムに乗ってとりあえず市の中心部に向かう。アルザスとは違う大都会だけあって、ここには木骨組の家はない。代わって石造りのビル街が続いている。しかし、それはそれでやはりヨーロッパという感じではあったが、フランスの田舎町とは違う、ある種の冷たさみたいなものを感じた。 翌朝は日曜日。ハムとチーズ、それにオレンジジュースとコーヒーの朝食を終え、9時半にチェックアウト。荷物を2時まで預かってもらい、トラムに乗り、まずライン川を見に行く。ヨーロッパを縦断するこの大河はバーゼルの少し先が源流なのだ。しかし、源流というイメージにはほど遠く、すでに町中を流れるラインは、川幅が100m近くあり、水深、水量とも非常に多そうだ。流れも急で、この中に巨大なヨーロッパイトウが生息していても、なんの違和感もないほどである。 ラインの左岸側に大きな教会が見える。ミュンスター大聖堂で、今日は日曜日なのか、沢山の人がそこに向かって歩いていく。我々も興味半分に彼らの後について教会の中に入ると、すぐにミサが始まり、外に出ることが出来なくなった。こうなれば、異国のミサを体験するのも悪くないと、椅子に座っていると、パイプオルガンが響き渡り、信徒は起立して賛美歌を歌い始めた。 ところが、最初の一曲目は何と、バッハのマタイ受難曲の一節である。信徒は皆オルガンに合わせて歌っているが、歌詞が分からない小生たちは厳粛な気持ちになってはいても、ただ立っていることしか出来ない。4曲ほど歌うと、右側の柱にある高い演説台に牧師が上り、手振りを交えてドイツ語で説教を始めた。話すのはRをエルと発音する古いドイツ語(最近Rはアーと伸ばす)で、多分、口語調なのだろう。小生にはノイエ・メンシュ(新しき人間)とかウンゼレ・ヴェルト(我々の世界)という言葉が聞き取れた以外、全く理解出来なかった。残念なのはこの雰囲気を一枚だけでも写真に納めたかったが、皆が真剣に祈る場所でカメラを出す不謹慎な真似はさすがにできなかった。 これがドイツ・バーゼル駅(Badischer Bahnhof)。我々が泊まったホテルから1㎞ほどの所にあり、駅の中はすでにドイツ。丁度建物の前当たりが国境らしいが、国境という言葉から感じる物々しさは全くない。 到着初日の夜、バーゼル市の中心街に行った。午後8時過ぎだが、すでに店は閉まっていて人通りも少ない。カメラ屋のショーウインドウに古いレンジファインダーのライカがあり、10万円ほどで売られていた。型番は分からないが、昔から憧れのカメラなので、なめるようにウインドウを見つめてしまった。同じウインドウにはニコンF3モータードライブ付き中古がやはり10万円くらいであった。ヨーロッパでもニコンは人気のあるカメラと見られているようだ。 これがライン川の源流。スイス、ボーデン湖からバーゼルを経て、オランダで北海に流れ込む全長1300㎞の大河である。これだけの水量だから昔から船による交通の重要通路になっていて、下流にはライン川を行き来する船が岩に当たって遭難するローレライ伝説を産んだところもある。聖女ウルスラがケルンからライン川をバーゼルまで船で上ってローマに旅立つところをハンス・メムリンクが「聖ウルスラの殉教」の中で描いている。また、シューマンの交響曲第3番はラインという名である。ドイツ人が「ファーター・ライン」(父なるライン)と呼んでいるのもこのスケールを見れば分かる。夏になるとバーゼル市民はこの急流を下流に流されながら泳ぐという。岸辺の所々に上陸地点が作られていたが、よく事故を起こさないなと、関心する。 ライン川左岸に聳えるミュンスター大聖堂。12世紀に建設が始まり、15世紀まで改築を繰り返したゴチック建設。バーゼルは宗教改革でツビングリやカルバンが活動した重要拠点の街。この聖堂も幾多の奪い合いを経験してきたのだろう。我々は10時に始まった聖堂のミサに参加し、スイスでの厳粛なミサの雰囲気を味わうことができた。 ミュンスター大聖堂に急ぐ人たち。白い布を頭に付けた右の3人はシスターだろう。前の太鼓らしき物を持つ人が沢山いたが、何をするのか不明。日曜日なので、何かの集まりで演奏をするのだろうか。
by weltgeist
| 2008-03-10 20:59
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