大いなる恵みの連鎖 (No.2102 16/05/09)

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 自然は我々に豊かな恵みを与えてくれる。しかし、ちょっと贅沢を言わせてもらえば、同じ豊かでもあふれんばかりに大きな恵みなら余計うれしい。本来恵みは思いもしないときに人間に与えられるものだから、「多い、少ない」といった量的基準で判断すべきでないのかもしれない。せっかく与えられた恵みを人間のちっぽけな価値基準で差別することは恵みが持つ真の喜びを半減させることだろう。恵みとは自分を越えた世界から与えられるものである。だからどんな些細なことでもただ感謝と喜びを持って受け取ればいいのだ。
 しかし、そうは言っても写真のような大鯛となると尋常な気持ちではいられない。この鯛は先日私の釣り友達が「沢山釣れたので一匹どうぞ」と言ってお裾分けしてくれたものであるが、ご覧の通り、我が家にある一番大きい大皿でもまだからだ半分、下に敷いた新聞をもはみ出す大物である。あまりの大きさに猫どももちょっとおっかなびっくり獲物の臭いを嗅いでいるだけだった。
 おめでたい魚の代名詞である鯛でもここまで大きいサイズは滅多に釣れるものではない。だが、釣友はこのくらいのサイズが何尾も釣れたと、誇らしげに言う。こんな大鯛を人に配るほど釣った彼は、ものすごくエキサイティングな釣りを体験したようだ。釣り人にとって最高に幸福な瞬間、あふれんばかりの栄光に満ちた大漁の恵みが彼に降り注ぎ、そのお裾分けが我が家にまで来たのである。
 恵みというものは伝染する。良き恵みを受けた人の喜びは、それが自然と他の人にも伝わって行く。そうやって恵みの輪はまわりの人々に拡がっていくのだ。だから本当は我が家に届いた大鯛の恵みを次の人に分け与えなければならない。それが恵みをもらった人の使命でもあろう。しかし、残念ながら恵みの連鎖は我が家で途絶えてしまった。私たちはこの大鯛を他の誰にも分け与えることなく、三日間賞味し続けたのである。刺身、煮付け、塩焼きなど定番の魚料理で食べつくし、残った部分は猫どもにも与えた。友人の大漁がもたらした恵みの喜びに我が家は三日間にわたって包まれたのである。
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by Weltgeist | 2016-05-09 23:25


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