出生というものは一つの所作ではない。これは過程である。生の目標は十分に生まれるということである。その悲劇は、我々の大部分のものがこのようにして十分生まれるより先に死んでしまうということである。生きるとは刻々に生まれることである。
鈴木大拙、エーリッヒ・フロム共著、「禅と精神分析」 P.160 人が生きるとはどのような意味があるのか。これはたいへんむずかしい問いである。恐らく誰もが多かれ少なかれ自分の人生に疑問を感じ、「人生とは何か」と問いかけたことがあるだろう。しかし、その答えは漠然としていて、明確な答えを得た人はほとんどいないはずだ。多くの人は自分が生きているにもかかわらず、その根底にある意味を理解することができないまま惰性で生きて、何も分からないで死んでいくのである。 そのむずかしい問いに正面から答えようとしているのが、日本の禅を西欧社会に紹介した鈴木大拙と、独特の自由論を展開する社会心理学者のエーリッヒ・フロムである。大拙は禅の立場から、フロムは精神分析を方法解読のツールとしてこの問題に取り組み、「生きることの意味」を説き明かしている。 上の文章のように二人は「生きるということは、刻々に生まれる過程である」と短く答えている。あまりに当たり前すぎて、なんだ、そんなことか、それなら俺だってやっている。たいした答えじゃないと思うかもしれない。しかし、二人はここで「十分に生まれること」という言葉を付け加えている。彼らが言う十分とは惰性でダラダラ生きるということではない。そんな人は「ただ時を刻んでいるだけである。彼は彼が生産する無数の物の一つのように生き、死するにすぎない」(P.168)人になってしまうと言っている。せっかくこの世に生を授かってきたのに、その真の意味を知ることなく無意味に生き、死んでしまう。それは生きていても死人と同じ人生にすぎないことになる。 大事なことは「十分に生まれる」ことである。ここでいう十分と言う言葉の意味について、ある禅僧の真理とは何かという問答を通して紹介している。悟りを開いたとされるこの僧は「真理とは、飢えては食い、疲れて眠る」ことだと答える。しかし、これでは答えになっていない。それは誰もがやっている当たり前のことだからだ。それに対して僧は、当たり前のようでいて実は違うと言う。「なぜなら彼らは食うときは食うのではなく、彼らが眠る時は眠っているのではない。無数のことを夢見ている。それゆえ自分は彼らと同じではない」(PP.208-209)と言うのである。 同じ当たり前のことでもそれに対する気持ちがまるで違っている。飯を食うときは全身全霊で飯を食う。眠る時も全身全霊で眠る。すべての生の瞬間において自分がやっている「今」に徹底的に集中することで、日々新しい自分を「生まれさせる」ことができるのである。これが「十分生まれる」ことの意味である。 現代人は飯を食いながらテレビを見、頭のなかでは別なことを考えている。どれも中途半端で、まったく徹底されていない。それこそ大拙たちがいう「死んだ人間」と同じことなのである。飯を食うなら飯、寝るなら徹底的に寝る。そうすれば逆に人生は豊かな意味を与えてくれる。だが、これは簡単そうでいて簡単ではない。壁面に向かって無心に座禅を組む禅僧のように、自らの行為に全て全力で取り組むことでそうした境地に達せられるというのだ。何の努力もしないで待ち続けることしかしない受動型の人にはそれはぜったやってこないのである。
by Weltgeist
| 2013-04-11 23:57
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