小生は若い頃英語が嫌いだったと昨日書いた。小生が大学に入学したのは1961年。この前年の60年は日米安保条約の改訂締結に反対する学生、労働者の大規模な反米闘争が繰り広げられていた時代である。東大生の樺美智子さんがデモで圧死したり、アイゼンハウアー大統領の訪日が中止されるなど、反米、反帝国主義運動が最も過激であった時代だ。こんな騒然とした時に英語を学ぶことはアメリカに荷担すること、ひいては安保条約に賛成し、日本の再軍備を支援する立場の人と見られると、当時の大多数の学生や市民は思っていたのである。
大学生にはなったもののまだ高校生の気分が抜けきらない小生は、前年の安保騒動の雰囲気が濃厚に残る大学で、その雰囲気の影響を強く受け始めていた。何も分からないうぶな学生であった小生に、ある先輩が「お前もこれを読め」といって渡されたのが、「共産党宣言」( Manifest der Kommunistischen Partei / 1848 )である。 30分もあれば読み切れる薄い本であったが、その中身の濃さは本の薄さを吹き飛ばすに十分で、自分はこの「宣言」を読んで雷に撃たれたようなショックを受けたのである。 冒頭の「ヨーロッパに幽霊が出る。共産主義という幽霊である」という有名な書き出しはともかく、それに続いて書かれた「今日までのあらゆる社会の歴史は階級闘争の歴史である」という、歴史を一刀両断にする文章に目からウロコが剥がれるような気持ちがした。 ヨーロッパでは封建制社会を支配していた封建君主や貴族、大地主たちが新たに生まれた資本家・ブルジョワジーによって駆逐されていく。ブルジョワたちは資本の力で古い勢力を圧倒するとともに、中世封建制のもとで細々と暮らしていた一般庶民を「賃金労働者」として雇い入れ、彼らをプロレタリアート化していく。 だが、ブルジョアは雇った労働者に「ただ彼が生存するに必要とされるだけの賃金しか払わない」のだ。労働者は「生かさぬよう、殺さぬよう」程度の賃金しか渡さず、食うや食わずの生活を強いられていくのである。 「宣言」を書いた1848年頃は産業革命で社会の生産力が急激に増大していた時代である。各種の産業機械の利用が拡大し、分業が進んでいたから生産力は増大した。そうなれば労働者も楽になるはずだった。ところが「その分業のおかげで、プロレアリアの労働は個人的性格の全てを失い。労働者は機械の付属物になって」しまうのだ。一方の資本家はますます富と力を得て、労働者との間には決定的な溝が深淵となって広がっていく。 ここまで読んだとき小生たちは何で今もこんなに貧しいままなのか、その理由を理解した。それは資本家が労働者を搾取し、自分だけの私有財産を殖やしているからだ。それに対してマルクスは非常に単純明快な答えをだしていた。「共産主義者の理論は、私的所有の廃止という唯一つの文に要約できる」というのだ。 私的所有の廃止とは、資本主義の根幹を否定することである。つまり革命だ。しかし、それは簡単にはいかないだろう。資本家はあらゆる手段を講じて防衛してくるからだ。そうなると、資金は持たないが数において圧倒的なプロレタリアートは、力、すなわち暴力によって資本主義体制をぶち壊すしか道がなくなる。 「共産主義者は、その目的があらゆる現存する社会条件を暴力的に打倒することによってだけ達成できることを、公然と宣言する。支配階級は、共産主義革命に恐れおののけばいいだろう。プロレタリアが失う物は束縛の鎖以外に何もない。プロレタリアには勝ち取るべき世界があるだ」と書いて、最後に「万国の労働者、団結せよ!」で共産党宣言は終わる。 マルクスとエンゲルスが予言した「抑圧された労働者が資本主義を打倒し、社会主義をうち立てる」ことは、レーニンのボルシェビキ革命で実行された。だが、それは当時ヨーロッパの最貧困国であったロシアでなされたのであって、資本主義が最も発展した西欧諸国では革命は起こらなかった。マルクスの予言は当たらなかったのである。 レーニンが理想に燃えてなした社会主義革命は、その後、スターリンに引き継がれ余りにも悲惨な結末で最後は挫折した。現実はマルクスが考えたように行かなかった。それを運営する「人間の側」に問題があったからだ。人間は理論で動くほど単純なものではない。「お前は左に行く」と言われれば、右に行きたくなるのが人間である。 19世紀に真理であったものでも、それが今も通用すると信じている人は誰もいないだろう。小生の家にあるマルクス・エンゲルス全集もすっかりほこりを被ったままである。
by weltgeist
| 2011-05-23 22:53
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