雌魚の腹子はな、いくつだかかぞえきれねえ卵だ。そんな卵がみんな魚になったら海は魚で埋まっちまうはずなのに、魚がいっぴきもいねえ日もあるなんてどういうわけだ?
その卵はいったいどうなっちまうんだ? おしえてやろう。ほかの魚にくわれちまうのさ。ほとんどぜんぶがな。そしてその生き残ったやつをまた漁師がとって食う・・・。そしてわずかだけになる。これが世の中ってもんさ。生き残れたやつが勝ちだ。そして死んじまったやつはな・・・・、生き残るやつのために死ぬのさ。そうしなきゃあ、世間はいまに人間であふれてしまうだろうぜ。 ・・・生きる? 死ぬ? それがなんだというのだ。宇宙のなかに人生などいっさい無だ! ちっぽけなごみなのだ! 手塚治虫、火の鳥、第四巻「鳳凰編」より 人間はなぜ死ぬのだろうか。この世に生まれてきた限り死ぬことは避けて通れない宿命である。どんな生き物もそれが生命であるかぎりいつかは必ず死ぬ。我々の命は有限なのだ。だが、それにしても人はもう少し幸せな気持ちで人生の最後を迎えることはできないのだろうか。 人の一生がつらいのはなぜか。それは人が欲望に凝り固まった強欲な存在であるからだ。弱肉強食の世界にあって生き抜くには、人を押しのけてでも自分の我欲を貫き通さなければならない。これが他の人との軋轢の元となり、時には殺し合いから、国家の場合は戦争にまで発展するのである。人の欲望追求は限りがなく、死ぬまで続けられる。いや死んだ後を引く次ぐ世代もその次の世代もそれは延々と続くのである。それでいて何年たっても人間の欲望は満たされることがない。有史以来ずっと不幸であり続けることを手塚は歴史の「かたりべ」として火の鳥に語らせるのである。 永遠を生きる火の鳥はそんな人間の愚かさをじっと見つめている。そして人は苛酷な人生を終える時になって永遠の謎であった人生の意味を理解する。人間は無限な海に浮かぶ木の葉のようなものである。流れ着いた小さな島で短い一生をまっとうするが、実はそれは永遠なるものが運命の糸を操っているにすぎないのだ。我々は「生きた」のではない。「生かされている」ことを悟るのである。 火の鳥では善良な人も容赦なく殺されていく。だが、それは長い人類の歩みを俯瞰したとき、生き残った他の人の糧(かて)となっている。殺された人の魂は殺した人の中に宿って、やがては「新しき人」へと成長させる原動力となる。上の文章で魚の卵や稚魚が他の魚に食われて、彼らを育むように、死とはそういうものと手塚は語っているのである。 そして、生き残った人にとっても人生は苦しく辛いもののままである。だが、その苦しさこそ永遠なるもの(ここでは神という言葉を使ってもいいかもしれない)が人に与えた試練であり、生きる意味なのだ。尋常ではない苦しさに悩みながら、登場人物たちは死を前にしてその苦しみが、実は自分を作ってきた礎(いしずえ)であったことを悟るのである。苦しいこと、悲しいこと、それこそが生きる者にとって人生の意味だったのだ。彼らは理不尽な人生を送ったかもしれない。しかし、そのことで彼らは確かにこの世で「生きた」ことを骨の髄まで実感できたのである。生きることは苦しいことなのだ。それゆえにこそ人生は素晴らしく、生きる価値があると火の鳥は語っているのである。 火の鳥は漫画であるが、これは漫画というジャンルを超えた一種の哲学書であり、生きる意味を見失っている人に発見の道筋を示す本だと小生は思っている。これを読んだことのない方は是非読まれることを、また一度読んだことのある方はもう一度読み直すことをお勧めしたい。受け取り方はそれぞれ違うだろうし、違った感想を持つだろうが、それはきっとあなた方の人生の意味を考えさせてくれるはずだ。
by weltgeist
| 2011-05-11 23:49
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