ヘミングウェイ、誰がために鐘は鳴る、その2、人は誰も孤立してはいない (No.1004 11/03/17)

      なんびとも一島嶼にてはあらず。
      なんびともみずからにして全きはなし。
      人はみな大陸(くが)の一塊(ひとくれ)。本土のひとひら。
      そのひとひらの土塊(つちくれ)を、波のきたりて洗い行けば、
      洗われしだけ欧州の土の失せるはさながらに岬の失せるなり。
      汝(な)が友だちや汝(なれ)みずからの荘園の失せるなり。
      なんびとのみまかり(死ぬ)ゆくもこれに似て、みずからを殺(そ)ぐにひとし。
      そは、われもまた人類の一部なれば、
      ゆえに問うなかれ、誰(た)がために鐘は鳴るやと。
      そは汝(な)がために鳴るなれば。
      (大久保康雄訳)



 今回の大地震が起こる前日、3月10日の No.997 でヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」を取り上げたが、地震でその続きを書く気が起こらなくなっていた。今日は元気を出して、続きを書いてみたい。
 さて、上の詩は「誰がために鐘は鳴る」の冒頭で引用されている17世紀のイギリスの詩人、ジョン・ダンという人の作である。この詩の最後に書かれている「 For whom the bell tolls ・誰がために鐘は鳴るのか」という言葉が小説のタイトルとなっている。ここでいう鐘とは、人が死んだとき、教会が鳴らす弔いの鐘のことである。重い思いを含んだ鐘の音を聞いたとき、人はどのような気持ちになるのか。鐘の音の意味を含めて上の詩を読むと、ヘミングウェイがこの小説で何を言いたかったかが見えてくる。
d0151247_21113214.jpg No man is an island ; every man is a piece of the continent, 誰もひとりぼっちの島ではない。すべての人は大陸の一部だ。If a clod be washed away by the Sea. Europe is the lesse,as well as if a promontorie were. もしひとかけらの土塊が波に洗われたなら、それは欧州の一つの岬が洗われたに等しい重大なことである。
 たった一人の命が消えて行ったとしても、その人は大陸から離れた小島のようなものではない。人は土塊のように脆いものだが、それでも誰もが大きな大陸の一部としてつながっている。人間は強固な連帯感に包まれて生きているのだ。because I am involved in Mankinde:なぜなら私は人類の一員であるからだ。therefore never send to know for whom the bell tolls: それゆえ、誰がために鐘は鳴るのかと、決して問うてはならない。It tolls for thee.それはお前のために鳴っているのだから・・。
 スペインの民主主義はマドリッドが陥落したことで死に直面した。ジョン・ダンが言う「欧州の岬」とはイベリア半島のことであり、それはファッシズムの波で沈みつつあったのだ。この危機の時代にあって、自分は対岸の火事を見るような真似はできない。ヘミングウェイはスペイン内戦で民主主義が抹殺されようとしていることを自分の問題として受け止め、「誰がために鐘は鳴る」を書いたのである。
 まさに今回の地震による津波で命を失った人たちへの哀悼の言葉もこの詩から読み取れる。沢山の人が死んで弔いの鐘が鳴っているが、それは見ず知らずの他人の死ではない。お前の友、いやお前自身の弔いのために鳴っているのだ。だから鐘の音を無視することはできない。自分は同じ人類の仲間として、その人たちの死を悼みたい。死んでいった人たちへの心からの哀悼と連帯を鐘の音の中に聴きとろうとしているのである。
 誰のために鐘は鳴っているのか、などと問うこと自体が他者、人類に対する無関心の表れでしかない。他者への愛情があれば危機に瀕している人たちを見て見ぬふりはできないのだ。死につつあるのは、まさに自分である。鐘は汝自らのために鳴り続けているということをヘミングウェイは言いたいのだろう。

以下、明日、原発が危機的状況に無い限り続く。
[PR]
by weltgeist | 2011-03-17 21:31


<< ヘミングウェイ、誰がために鐘は... 我々は負けない (No.100... >>