ヘーゲルの精神現象学は、まったく白地の無垢な意識が、次第に認識を深めて賢くなっていく成長の過程を記述したものである。最初は直接的、無媒介な知から、最後は完全な真理の世界である絶対知に至るまでの意識(知= Wissen ) の自己運動である。それは非常に頭のいい天才が、誕生から死に至るまでの間、絶えず自分の知を高めていく精神修養の過程を想像してもらば分かりやすいと思う。
ヘーゲルにとってすべてのものは、いつも発展途上にあり、常に上昇的に変化していく過程を歩んでいるものである。とすれば、このブログでは精神現象学で詳細に語られる個々の意識の発展段階を説明することはあまり意味がないかもしれない。なぜならどの段階もいつも途中のものであり、断定的な結論を言える段階ではないからだ。むしろ、どのようにして知は自らを賢くさせていくのかの運動の過程、システムを知ることこそ重要である。 ヘーゲル自身が「私の考えていることは、システム(の全体)が叙述されたとき初めてみとめられるだろう」( Einleitung ,S.71 ) といっている。始まりから終わりに向かって運動する全システム、すなわちヘーゲル哲学の根幹をなす方法論である弁証法を理解することが精神現象学を正しく理解することにほかならないのである。 精神現象学を開いた最初の扉には「学(門)のシステム= System der Wissenschaft 」と書いてあり、その後、長い序文があって、いよいよ本文が始まる緒論の扉には「意識の経験の学= Wissenschaft der Erfahrung des Bewußtseins 」と別な意味の言葉が書かれている。これを解釈すれば、精神現象学とは「学の体系」であると同時に「意識の経験」でもあるということである。では学のシステムと意識の経験とはどう違うのだろうか。精神現象学が分かりにくいのは実はこの二重性があるからである。 我々は人を客観的に見た場合、その誕生から死までの一生を外観することはできる。しかし、主観的には現実に生きている自らの一生を最後まで見届けることはできない。なぜなら自分の未来がどうなるか、まだ分からないからだ。たとえどんなにすごい大天才であっても、主観的には未来に開くであろう自分の才能を知ることはできない。主観的意識はその経験の段階に縛られていて、外に出て全体の運動を客観的に見ることができないのだ。しかし、そうした意識の自己発展をする運動を外から客観的に眺めている者がいる。それを眺めているのが、学のシステムを熟知しているヘーゲルである。 みんなは現実の矛盾に悩まされているのに、ヘーゲル一人がちゃっかり外から高みの見物をしているのである。しかし、彼とて一人の人間にすぎない。世界のすべての運動を未来永劫に渡って見通せるわけではない。それができるのは、実は神しかいないのである。すべてを知りうる神なら、生まれてきた赤ん坊を「彼は将来大天才になる」と予言することができる。しかし、ヘーゲルとてそれはできないのである。 それにも関わらず、始まりである無知な意識は、次第に賢くなっていくように運命づけられているとヘーゲルは言う。しかし、同じ賢くなるにしても悪賢くなる場合もある。ところが、ヘーゲルにとって意識は必ず最後は絶対的な真理にまで高まるよう運命づけられているのである。決して悪賢くはならないのだ。なぜなら、そうした運動の根底には絶えず良いもの、上を目指すという「システム」があるからだ。それが意識の全運動をコントロールする絶対知、すなわち神である。無知な意識は利口で、正しき者になるよう最初から神によって決められているのである。 以下明日に続く。
by weltgeist
| 2011-02-08 23:53
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