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ピーター・ブリューゲル、反逆天使の墜落 (No.736 10/06/07)

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Pieter Bruegel the Elder / The Fall of the Rebel Angels / 1562 / 117 x 162cm / Musées Royaux des Beaux-Arts, Brussels

d0151247_22321467.jpg ブリュッセルにあるベルギー王立美術館にはピーター・ブリューゲルが描いた二つの「墜落」に関する傑作が展示されている。一つは「イカロスの墜落のある風景」(右)、そして上の「反逆天使の墜落」である。二点ともベルギーの国宝とされているから、最高級の価値を持つ絵であろう。しかし、小生のような素人から見ても、反逆天使の方がずっと質が高く、イカロスはちょっとインパクトに欠ける気がする。
 反逆天使の墜落は、怪物とも妖怪ともつかない怪しげな人たちや、魚、蝶、エビのお化けなどに細身の若い男が剣と盾を持って斬りつけようとしている絵である。そして、彼らの上の空には背中に羽根を持った9人の天使が、これまた空を飛んでいる怪物と戦うという複雑に入り組んだ奇妙な構図をしている。
 絵のサイズは 117 x 162cm 。イカロスの墜落( 74 X 112cm )に比べてかなり大きく、実際に展示してある現物を見ると相当迫力のある絵であった。妖怪や天使のタッチがボッシュに似ているという意見が多い。しかし、ボッシュに比べて全体のイメージには冗談ぽい楽しさがある。ブリューゲル自身が鼻歌でも歌いながらこの絵を描いたのではないかと想像できるほど登場する悪魔たちは明るく、ユーモアに満ちている。
 ところで、ここに描かれている反逆天使とはどのようなものだろうか。キリスト教では天使は神の使いと言われている。神が様々な命令を出したとき、その伝令役であり、実行役をなす天の使い、すなわち天使なのである。しかし、そんな神の使いがなぜ反逆天使と呼ばれるのか。神の使いともなれば純真善良な者ばかりと思っていたが、どうもそれは違うようである。天使にも色々出来の良い者から悪い者まであるのだ。その悪い方の連中が天上界から追放されたのが反逆天使である。
 天使が天上界から追放されたことを「黙示録」では次のように書いている。「さて、天に戦いが起こって、ミカエルと彼の使いたちは、竜と戦った。それで竜とその使いたちは応戦したが、勝つことができず、天にはもはや彼らのいる場所がなくなった。こうして、この巨大な竜、すなわち悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの蛇は投げ落とされた。彼は地上に落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた」(黙示録12:7-9)
 上の黙示録の記述からいくつかのことが分かる。色々な天使たちはいずれも天上界に住んでいたが、竜あるいは蛇の姿をした天使が天から追放されて、後に悪魔と呼ばれるようになったこと。悪魔も元々は天使であり、最初は天上界に住んでいたということは、「天使はどれも神の良き使者」と思っている我々の常識とはかけ離れていて驚く。
 その一方、天上界には良き天使も沢山いる。その中の一人はミカエル(英語でマイケル、フランス語でミッシェル)と呼ばれ、彼も悪魔と「隣人」であった。また、悪魔もミカエルも彼を補佐するそれぞれの「使いたち」(部下)を持っていて、それらの集団、つまり、竜の恰好をした悪魔とその手下どもと、ミカエルを頭にした神の正しき使い集団との決戦の場がこの絵で描かれているのである。
 ただ、描かれている姿があまりにユニークであることが面白い。もし小生が悪魔を想像したとすれば、きっとゾンビのようなオドロオドロした怖いものとなるだろう。しかし、ブリューゲルの描く悪魔は変な形のヘルメット(頭巾)を被った頭でっかちの人間であったり、箱フグや腹を切られて卵が見えるカエルなどで、少しも恐ろしくないものとして描かれている。
 一方のミカエルは非常に細身なスタイルのいい青年で、金の鎧(よろい)で武装しているが、この絵の中では悪魔の間に埋もれていて、戦いの天使としての迫力がない。何か若い高校生が「モグラ叩き」のゲームで戯れているような感じがある。他の画家、例えばロヒール・ファン・デル・ウエイデンなどは、閻魔大王みたいに死者の魂の清濁を計って、悪者を地獄に送り込む強い存在として大天使ミカエルを描いているが、ブリューゲルのミカエルは悪魔に手加減をしつつ遊びながら戦っているようにも見える。
 この変わった絵の意味をどうとらえたたいいのだろうか。小生は、ブリューゲルが人間の中にある善と悪との戦いを寓意的に描いているのではないかと思っている。人間の中には悪い奴がいるし、良い人もいる。社会に害悪を与える悪党は退治しなければならないだろう。しかし、実はどんな人間でも自分の心の中に善と悪の考えが潜んでいる。そして、その使い方次第で善人にもなれば悪人にもなれる。ブリューゲルはそうした人間の心の危うさへの警告の意味を込めてこの絵を描いたのではないだろうかと小生は見ているのである。
 なお、ブリュッセル市の守護天使はミカエル(ミッシェル)で、ブリュッセル市庁舎尖塔の先には竜を打ち倒す大天使ミシェル像が飾られている。ミッシェルが、悪魔の手からブリュッセル市を守っているというわけである。
 
*天使のことについては明日もう少し詳しく述べるつもりである。
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by weltgeist | 2010-06-07 23:56


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