立ち読みした雑誌・アサヒカメラによれば、最近のデジタルカメラ最高機種は以前ほど売れなくなったと書いてあった。フィルムカメラの時代、プロと名乗る人たちなら、駆け出しの新人でも最高機種のカメラを持っているのが当たり前だった。ところが、デジタル時代になって、プロがかならずしも最高機種のカメラを持っているとは限らなくなった。アマチュアが使うようなカメラを使い回してそれなりの仕事をこなす人が増えているのだ。
なぜ売れなくなくなったか。理由は不景気だけではない。巨星と呼ばれた昔の最高級フィルムカメラには、人を魅了する近寄りがたいオーラのようなものがあった。それが発売して数年もしないうちに下っ端の新型機にも性能的に負ける製品が出てくる現状ではオーラなど期待出来なくなったからだ。メーカーが「最高級の機能を充実させた当社のフラッグシップ機です」と言ったところで、客はそれがすぐ陳腐化する過渡的な製品であることを見抜いている。フラッグシップ機の機能はすぐに「並機」に格下げになってしまうのである。 少し前のフィルムカメラ時代はそんなことは無かった。スウェーデンにハッセルブラッドというブローニータイプのフィルムカメラがある。これで撮影すると、フィルムの端に小さな切れ込みが写る。ハッセルノッチと言って、ハッセルブラッドで撮影したかどうかがポジフィルムを見ただけで分かるのだ。ハッセルブラッドは、小さなノッチ(切れ込み)をさりげなく入れることで、他社の製品とは厳然と違うことを誇ったのである。ハッセルで使われるレンズは、解像度が高く、印刷屋がフィルムにノッチがあるのを確認するだけで、「ハッセルで撮ったから問題ない」と盲信させるほど人気を得ることが出来た。カメラマンはハッセルを持つことに憧れ、持っている人は胸を張ったものである。だが、今のフラッグシップデジタルカメラを所有したところで、最高機種を持つ喜びはわずか数年で失われ、誇りはズタズタにされてしまう。 こうしたことはカメラに限ったことではない。デジタル関係全般が革新と陳腐化を繰り返している。パソコンがいい例である。MS-DOSを駆使していた時代のコンピュータからインテルのプロセッサは386、486、ペンティアムと目まぐるしく変わって行った。その間、小生は何台パソコンを買い換えたろうか。現在使っているP4のパソコンは、リタイアした時、むこう5年くらいは性能低下に悩まないよう、当時の最高機種、いわゆるフラッグシップ機を買ったものだが、もはやどうしようもない時代遅れの代物になり果てている。 この傾向はブランド品でさえそうだ。お金持ちのシンボルとされたルイビトンを中学生まで持つようになって、そのイメージは崩壊した。人はこうして「平等」を実現することで高嶺の花を引きちぎり、どこにでもある普通のものに変えてしまった。ゴテゴテと飾り立てた虚飾を剥がせば、そこには夢の無いごく当たり前の道具が残っているだけである。 カメラは趣味性の高い道具である。今でも最高機種と呼ばれるフラッグシップ機に憧れを抱く人はいる。しかし、何度も苦渋をなめさせられている多くの人に再びその魔性的魅力を植え付けることは次第に難しくなっている。フラッグシップだけが持ち続けた、他の追随を許さない、不滅な輝きはもはや失われているのだ。それ故、人はそれを大工がハンマーを、魚屋が包丁を選ぶがごとく、単なる道具としてしか見ない。いや、それ以下かもしれない。魚屋の持つ包丁は我々素人が使うものと違って、数十年たっても切れ味が変わらない選び抜かれた名品であるというからだ。永遠にとは言わない。せめて一時代を画する輝きを持った物でなければフラッグシップではあり得ないのだ。 カメラメーカーはいまも熾烈な争いをして望みうる最高の物を世に出そうとしている。だが、産み出された製品の機能は極限的であるにもかかわらず、それを欲する人の密かなる要求、すなわちその時代にあって他の追従を許さない高みで輝き続ける憧れの星のような存在であって欲しいという要求を満たしてくれないのである。メーカーが作れば作るほど、それは脱落し、人は離れていく。不必要なまでに高すぎる「最高級カメラ」など買うことはない。現在「中級機」と呼ばれる程度のデジタルカメラでも、十分過ぎるほどの性能があると皆さんには言っておきたい。
by weltgeist
| 2010-01-04 22:18
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