今日の夕刊を見ていたら、クロード・レヴィ=ストロース ( Claude Lévi-Strauss /1908年11月28日 - 2009年11月1日)が亡くなったと出ていた。彼は20世紀思想界で飛ぶ鳥を落とすほどの勢いがあった実存主義者サルトルを「構造主義」の立場で真っ向から批判し、大論争をした文化人類学者である。レヴィ=ストロースのサルトル批判は、実存主義が絶頂の時、次の新しい思想の潮流を待っていた人たちに「構造主義」という道を示した。この批判が実存主義を廃れさせ、構造主義が台頭していくきっかけとなったのである。
しかし、そのレヴィ=ストロースがまだ生きていたとは知らなかった。100歳であったという。新聞報道によればを100歳を過ぎても頭脳の明敏さは相変わらずだったというからさすがである。 レヴィ=ストロースは、著書「野生の思考」(1962年)の中で、世界の果てのような場所で文明から取り残されてひっそりと暮らす未開な先住民たちの生活を観察し、彼らの生活が文明人である西欧社会と同じ「社会構造」を持っていると指摘した。 ギリシャ以来、営々と続いてきた西欧の哲学、思想界は、あの当時人間の主体性を説く実存主義によって最高度に洗練されたものになっていた。それに対して、文字も持たない未開な先住民族は、まだ遅れた「野蛮人」の段階にあると考えられていた。だが、実は未開人社会の中にも先進的な西欧社会と同じ「構造」があることを指摘して、西洋文明が優越しているという考えにレヴィ=ストロースが反旗を掲げたのである。 彼は次のように書いている。「いかなる時代、いかなる地域においても、”野蛮人”が、今まで人が好んで想像してきたように、動物的状況をやっと脱したばかりで今なお欲求と本能に支配されっぱなしの存在であったことは決してなかった」(みすず書房、野生の思考 P.51) のだ。だから、「どれほど時をさかのぼり、どれほど空間的にへだたったところに例を求めても、人間の生と活動の行われる仕組みは、共通の性格を持っている」(現代世界と人類学)のであって、未開人はまだ西洋の近代文化の水準に達していないと考えるのは間違いだというのだ。 レヴィ=ストロースの思想の根底にあるのは未開な人を通して感じる彼らへの愛情である。それは主著「悲しき熱帯」(1955年)の次の言葉を読んだだけでも伝わってくる。 「初めてインディオと共に荒野で野宿する外来者は、これほどすべてを奪われた人間の有様を前にして、苦悩と哀れみ捉えられるのを感じる。この人間たちは、何か恐ろしい大変動によって敵意を持った大地の上に押しつぶされたようである。おぼつかなく燃える火の傍らで、裸でふるえているのだ。しかし、この惨めさにも、ささやきや笑いが生気を与えている。夫婦は過ぎ去っていった思い出にひたるかのように抱きしめ合う。愛撫は外来者が通りかかっても中断されない。彼らみんなのうちに、限りない優しさ、深い無頓着、素朴で愛らしい満たされた生き物の心があるのを感じる。これらの感情を合わせ見るとき、人間の優しさのもっとも感動的で、もっとも真実な表現である何かを、人はそこに感じ取るのだ」(悲しき熱帯、川田順造訳、中公クラシックスⅡ、P.192 ) 未開な人を汚らしいと毛嫌いする人種差別主義者から見ればとんでもない発想である。レヴィ=ストロースは西洋文化にどっぷりつかった目で”野蛮人”を見るのではなく、西洋人と同じ人間として見ているのである。しかし、やはり小生が引っかかるのは「野蛮人」という言葉の意味だ。シュバイツアーが最終的にアフリカから追い出されたのも、「白人が父であり、黒人は息子だ」という長年染みついた西欧人の優越感があったからだ。レヴィ=ストロースがこの言葉をどのような意味において使っているのかは、いずれ項を改めて考えてみたい。 ところで、彼には面白いエピソードがある。レヴィ=ストロースの英語読みはリーバイ・ストラウス( Levi-Strauss )である。この名前から思い出すのは、リーバイス(Levi's)のジーンズだ。レヴィ=ストロースがアメリカに行ったとき、レストランで「あんたはジーンズの関係者?、それとも本を書いているあの人? 」と間違えられたそうである。実際にリーバイスの創業者と彼は遠い親戚にあたるらしい。
by weltgeist
| 2009-11-04 23:56
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