旅の楽しみはそれまで自分が住んでいた環境とは違った場所を見て、様々な印象を受けることである。そうすることで自分の認識も深まり、狭い世界から抜け出すことが出来る。井の中の蛙は、外に飛び出ることで、新鮮な驚きと感銘を受けるのである。
日本という島国に生まれたことは幸せであると共に、ある種、不完全な認識、思い込みの中に閉じこめられたまま育てられてきたとも言える。自分はかなり遅くなるまで日本国内しか旅行したことがなく、周りの人が次々と外国に行っても、そのお土産話を聞かされるだけであった。うらやましかったけれど、自分はそうしたこととは無縁な立場にあるからと半ば諦めていたのである。 それが、42歳、1982年に最初の海外出張を突然命じられた。約一ヶ月掛けてアメリカ大陸を横断する長い出張で、各地を撮影しながら途中である人とのインタビューをもとってくるという、想定もしていない命令であった。自分が学生の頃は安保やベトナム戦争の影響があって、アメリカは正直、好きではない国であった。だから当時の学生は英語を勉強するよりは、ドイツ語やフランス語に人気があり、自分の周囲で英語を本気でやる人は少なかった。 自分もドイツ語の会話はやっていたが、英語は学校で教わった文法中心のもので、簡単な会話も出来ない状態であった。それが、一ヶ月の間アメリカを旅して、しかも途中でインタビューまでこなすなんてことは出来ないと思った。 出張まであと一月半ほどあり、自分は近くの英会話学校に急遽入学し、特別速習コースを設定してもらって、泥縄式に英会話を学んだのである。幸いにしてドイツ語が多少できたので、会話の土台らしきものはあり、出張もかなりデタラメな英語で何とか切り抜けることは出来た。ただし、インタビューに関してはまるで駄目で、言葉の堪能な米国支社の同僚に通訳してもらってお茶を濁すことが出来たのであった。 その出張では、最初に着いたロサンゼルスから新鮮な驚きに包まれてしまった。好奇心旺盛な性格から見るもの全てが物珍しく「アメリカってこんな国だったんだ」という思いで目からウロコがどんどんはげ落ちて行くようだった。そして、次ぎに向かったのは砂漠のど真ん中に出来た虚栄の都市ラスベガス。真夏の暑い時期にここに一週間いて、ある展示会の仕事をこなした。冷房の効いたコンベンションセンターの中にいるには快適だが、外に出ると気温は50℃近くあり、真夏に焚き火にあたるような暑さを経験し、こんな過酷な場所に人間が住むこと自体が信じられない気がした。 次はオクラホマからテキサスにかけての大草原の旅、さらにテネシー州メンフィスで乗ったミシシッピー川の遊覧船、、ペンシルベニア州ランカスターで出会ったアーミッシュのストイックな生活ぶりなどを見て回り、次々に顔を変えて来るアメリカの懐の深さを思い知らされた。最初に見た西海岸のアメリカと、中南部のアメリカ、そして東海岸のアメリカと見ていく度に、「ああ、アメリカというのは、こういう所もあるのだ」と思ったのだ。だが、極めつけは最後に訪れたニューヨークだった。ここで、またまた度肝を抜かれた。当時の東京とは比較にならないほどの高さのビルが乱立するアメリカの巨大さに圧倒されたのである。 こうして始まった小生の日本脱出は、少しずつその数が増えて今に至っている。最初はアメリカという国が嫌いで、あんな国には絶対行かないと思っていたのが、自分の狭量な考えを改めさせられ、アメリカにもしばしば行くようになった。 普通の人に比べずっと遅いスタートであったが、次第に色々な国に旅をするようになり、狭い日本の中に閉じこめられているだけでは、心も狭いままだということを分かるようになったのである。様々な国に行き、その国のことを学び、またその国の人たちと交流することで彼らの考えていることを理解しようとした。もちろん、単なる旅行者に過ぎない人間が簡単に物事を理解できるわけではないが、自分は日本から出ることで、視野を広げられたのは間違いないのだ。 世界は広い。この地球上には信じられないような場所がある。まだ行ったことはないが、アフリカのサハラ砂漠や、南米アマゾンの熱帯雨林、ギアナ高地など、行きたいところは沢山あるし、アフガンやスーダン、パレスティナといった政治的に困難な場所も行きたい。行ってみたいところは無数にあるが、残念ながら体は一つしかない。行くには十分な時間と、万全な健康、それに潤沢な経済的余裕が必要である。今の自分にはそのいずれも十分とは言い難い。しかし、自分をより豊にしてくれたこうした旅はこれからもずっと続けて行きたいと心から思っている。たとえそれが途中で力尽きようとも・・・。
by weltgeist
| 2009-09-18 18:52
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