トインビー「歴史の研究」が予言する日本没落の可能性 (No.489 09/09/09)

d0151247_025938.jpg 昭和40年、自分は心臓の手術をして長いこと入院していた。今と違って、あの当時の心臓手術はものすごく危険でたいへんなことだったから、病院には半年くらいいて、その後一年近く自宅で療養していた。療養生活では時間がたっぷりあったので、ひたすら読書で時間をつぶしていた。読むにしてもなるべく時間のかかる大著がいいと、わざと分厚い本ばかり撰んで読みまくったものである。その時のことが今の自分の考え方の基盤を作っているといってもいいくらい、この時期は沢山の本を読んだのである。
 そうした本の中で印象に残っているのはアーノルド・トインビー(1889- 1975年)が書いた「歴史の研究」(1934-1961年)だ。この超有名な本は全12巻からなる膨大なもので、小生が読んだ時期にはまだ日本語訳は完成していなかった。確か東京電力の会長であった松長安左ェ門氏がライフワークとしてその後しばらくして全巻の翻訳を完成させたはずである。小生はその当時の政治学者、蝋山政道氏が翻訳したサマーベル版という、エッセンスをまとめた縮刷版で読んだのである。しかし、縮刷版といっても千ページを越える大著であり、その読み応えは強烈なものがあった。自分の記憶では毎日机にしがみついても読み終えるまで2週間以上かかったと思う。
 最初に買った分厚い原本は何度かの引っ越しで今は手元になくなってしまった。その後、中央公論社が出した「世界の名著シリーズ73、歴史の研究」(写真)を買い直し、ときどき思い出したように拾い読みしている。
 英国の歴史学者であるトインビーの根本的な考え方は「どんな高度な文明でもいつか必ず内部的に壊れ、没落する」ことである。エジプト、メソポタミア、中国などで高度な文明が発達しながら、いずれも消滅している。ピラミッドを造る技術のあった文明がなぜ滅んだのか。トインビーは豊富な資料を検証しながら、一つの結論に達するのである。
 滅んだのは技術の進歩、革新が遅れたからではない。それは文明内部から起こる「慢心」が原因だというのである。彼はペロポネソス戦争におけるアテネと、第一次世界大戦がヨーロッパ文明、とりわけイギリスに与えた影響とに同時性があることを感じ、「歴史は現在に生きている」という有名な言葉を残している。そして、現在我々が経験していることは、実はすでにずっと昔にあったことの繰り返しだということに気づくのである。
 トインビーはいくつもの文明を調べていくうちに、それがどれも同じようなことを繰り返し行って、最終的には滅びていくという結論を見いだす。言い換えれば過去の文明の没落史を見ることで、現代文明没落の可能性を見ていることになるのだ。
 文明は最初は小さな異端的集団から発生し、次第に巨大化して一つの文明圏を作る。最初の頃は創造力にあふれ、人々の生活は活気に満ちたものになる。トインビーはこれを「challenge-and-response、挑戦と応戦」と言う。彼はこのことをキリスト教的に解釈し、神は人間に試練として「挑戦」を与え、人はそれに「応戦」して創造力を発揮するのである。このことを「Encounter 遭遇」という言葉で述べている。
 だが、その応戦力も成果を上げるようになると、やがて慢心によるマンネリ化を産む。欠乏は創造の原動力であるが、満腹は怠惰を生み、創造力をそいで行く。こうして、文明没落の萌芽が現れてくるというのだ。
 かっての日本が発展した歴史を見れば、それが良く分かる。明治維新以降、日本は「西洋に追いつけ、追い越せ」のかけ声で世界第二の経済大国にまでのしあがった。それは文明開化で知った自分たちの貧しさを「挑戦」と受け止め、より良き社会をめざして「応戦」した結果にほかならない。
 しかし、今、その頂点にまで登り詰めて、登るべき山の頂も足下になってしまった日本は、目標を失ってしまった感がある。団塊の世代で見られた「より良い社会を作るための挑戦と応戦の精神」が、その後に続く世代に感じられない。額に汗して働くのはダサイ男のやることだ。楽して金を儲ける拝金主義が横行し、怠惰が蔓延する。日本全部が息が詰まりそうな閉塞感の中に落ちこんで行こうとしている気がしてならないのである。
 トインビーは成熟期の文明は中から腐り始めるが、その文明の恩恵が及ばない辺境では新たな動きが現れ、それがやがて力を付けると、自分たちを抑圧していた文明を滅ぼして新たな力強い文明を作り上げていくと言っている。日本の立場からみれば、辺境で現れる挑戦者は中国であり、やがてはこの国の強大な力が周辺国にも及んでくる。そのとき日本は世界の中で指導的な立場に立つのではなく、すでに終わった国として屈辱的な立場に立たざるを得ないことになるのだ。
 歴史は繰り返す。隆盛と没落、挑戦と応戦。トインビーの予言は今の日本を見ると、限りなくそれに近づいている気がする。トインビーは、隆盛期においても慢心せず創造的力を発揮すれば、没落の危機は回避されると言っている。しかし、それは我々が絶えざる努力を重ねることで達成できるのであって、少しでも慢心した気持ちを持てば、創造力は枯渇し没落への道を進まなければならない。歴史の研究は現代の危機を伝える新たな黙示録なのだ。
[PR]
by weltgeist | 2009-09-09 23:51


<< 写真は真実を写し撮らない (N... 我が家の猫額庭で輝く命たち (... >>