今朝のニュースで、ドイツのノーベル賞受賞作家、ギュンター・グラス Günter Grass が亡くなった訃報を伝えていた。1927年、旧ドイツ領、ダンチッヒ(現ポーランド領グダニスク)生まれ。その彼が昨日(13日)ドイツ北部のリューベックで亡くなった。87歳だったという。言うまでもなくドイツ文学というジャンルを越えた世界的な作家である。私も一番好きな小説家の一人で、このブログでも何度か彼の作品を取り上げている。
彼のデビュー作であり最初の長編小説となった「ブリキの太鼓」が発表されたのは1959年。その内容の面白さからグラスはドイツでたちまち有名作家になっていく。私がブリキの太鼓を読んだのは、日本語の翻訳が出たばかりの1960年代前半だった。ドイツでは新進気鋭の作家として評判だと言われても、日本ではまだ無名。翻訳は読み切るのに覚悟がいるほど分厚い本だった。しかし、読み始めて今までの小説の概念をぶち壊すような内容に衝撃を受け、圧倒された。私はブリキの太鼓に得体の知れないインパクトを受けて、グラスの不思議な世界に興味を抱く愛読者となってしまったのである。 ブリキの太鼓の主人公オスカルは、母親の胎内にいるときから人間の言葉が理解できる不思議な能力を持った子供である。彼は父親が胎の児が大きくなったら自分の店の仕事を継がせようと話していることを、母親の胎内で聞いて「俺はオヤジの言うとおりにはならないぞ」と反発する。彼は生まれても三歳より大きくはならない決意をするのである。しかし、なぜ三歳までで成長を止めるかというと、このとき父親が「赤ん坊が三歳になったらブリキの太鼓を買ってやろう」と言っていたからだ。 普通子供の記憶はせいぜい四歳くらいからで、まともに自分の人生を決定できる判断力などずっと大きくなってからのことである。ところがオスカルは母親の胎内にいる時点ですでに大人の理解力を持ち、三歳になったところで、階段からわざと転げ落ちることでそれ以上成長できないよう画策するのである。こうして永遠の三歳児のまま世界に出ていくが、その場所はナチスが次第に台頭して戦争に向かう不安な世界であった。 オスカルは理不尽で欺瞞に満ちたグロテスクな社会にブリキの太鼓をたたく三歳児の目で対峙していくのである。彼には声を張り上げるとガラスが割れてしまう不思議な力が授かっていた。ものすごい金切り声でガラスを共振させて割ってしまう特殊能力は次第に洗練されて、最後は声の調子でガラスを思うとおりにカットできるまでになる。 このように三歳で永遠に成長することを自らの意志で決めたオスカルだが、彼をとりまく世界は止まることなく激しく変動していく。自国が起こした世界大戦とその敗北。祖国であった国境線は書き直されて、ダンチッヒはポーランド領に変わる。オスカルの母国であったナチスドイツは崩壊し、混乱のなか価値観の転換があらゆる分野で起こる。そうしたことがオスカル「少年」の前に次々と出現してくるのである。 グラスが後で告白したように、彼自身が戦前はナチス親衛隊(SS、Schutzstaffel)の隊員であった。ヒットラーの言うがままにユダヤ人を抹殺し、世界戦争へと突入させたドイツ人たち。彼らの複雑に屈折した世界をグラスは贖罪の意味も含めて、三歳児の特別な目で描いているのである。 ユダヤ人のエドワルドとナチ親衛隊に入ったワルターとの屈折した友情を描いた犬の年でも、グラスは時代に翻弄され傷ついた人々の複雑な人生を描いている。おぞましく醜悪な世界を彼独特のタッチで書いたブリキの太鼓。時代に流されつつそれに鋭い切り込みを入れた巨匠の死に深い哀悼の意を表したい。
by Weltgeist
| 2015-04-14 23:58
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