「自己は孤独のなかで現実化されうるが、そのアイデンティティを確認してくれるのは、われわれを信頼してくれ、そしてこれからも信頼することができる同輩たちの存在だけなのだ。Lonely (孤独)な状況においては、人間は自分の思考の相手である自分自身への信頼と、世界へのあの根本的な信頼を失う。人間が経験するために必要なのはこの信頼なのだ。自己と世界が思考と経験を行う能力が(孤独なまま)では一挙に失われてしまうのである。」
全体主義の起源、第三巻 P.322 11月23日のNo.1842でドイツ生まれのユダヤ人哲学者、ハンナ・アーレントの「全体主義の起源」をとりあげた。この続きを書こうと思っていたら、コンピュータが故障してできなかった。今日はそれの続きである。 アーレントによればドイツで発生した全体主義(ナチズム)は20世紀になって初めて登場した歴史上特異な事例だという。それは時を同じくしてロシアでもスターリン主義で顕在化した。こんな出来事はこれまでの人類史には無かったことである。しかし、その起源は19世紀で培われてきていた。19世紀から20世紀にかけて階級制が崩壊すると、くびきを外してバラバラな個(孤)人となった人が鬱積した不満を持ったまま社会からドロップアウトしていく。彼らが全体主義を支える人となっていくのである。 彼らの根底にあるのはルサンチマン、すなわち他人への怨念、憎悪である。人を愛し認めることではなく、人の弱みを見つけそれを憎しみを込めて攻撃する。弱い者をいじめることで自分の気持ちをすっきりさせるのだ。こうした怨念発憤の一点でまとまったものが全体主義である。 全体主義とは「既成のもの一切をそのニュアンスや相違を無視してまるごと憎む大衆の盲目的な憎悪に立脚している。”仲間に入っていない者はすべて排除される”とか、”私を支持しない者はすべて私の敵だ”という原則の上に建てられた組織は・・・方向を見失っている大衆にとっては混乱と苦痛の源でしかない現実の多様性を消し去ってくれる」( 同 P.129 )魅力的なものなのである。 このような思いを抱く人たちがヒットラー総統をトップに結集した。総統が「右」と言えば上から下まですべての「同士」たちが右を向く。総統の意志は全国民の意志となる。ここにおいて人は自ら考えることを放棄する。すべては総統が考えてくれるからだ。だから彼らの行ったことへの責任も感じなければ罪の意識も無い。モッブ(暴衆)と化して集結した弧人は盲目的に総統の指示に従ってユダヤ人を攻撃し、そのことで自分の苦痛を解消するのである。 「孤立と無力、すなわちそもそも行動する能力を根本的に欠いている」( P.318 )弧人には何が正義であるのか判断ができなくなっている。ユダヤ人を殺すことこそ正義と感じる異常さがまかり通っていたから、非人間的なことをドイツ人が心を傷めることなくできたのである。 ナチもスターリン主義も幸いにして滅びた。しかし、それでもまだ全体主義が生まれる地盤は残っている。それは他人を妬み恨みに思うルサンチマンの感情を今なお人が持ち続けているからだ。卑近な例で言えば、最近とくに激しくなったいじめの問題がある。アーレントが言う「仲間に入っていない者はすべて排除される」という弱い者いじめの陰湿さや、政治的に言えばヘイトスピーチをやる人たちの人種差別思想に見ることができる。だが、憎しみが生み出すものは災いでしかない。他人を恨みに思うことではなく、敬意を持って他人の存在を認めることが唯一の救いの道である。 冒頭にあげた文章は、「全体主義の起源」の最終ページ、エピローグに書かれたアーレントの言葉である。人は孤独であっても、われわれと同じ状況に陥っている「同輩たちの存在」を信頼することでアイデンティティを取り戻すことができる。人がすべてのくびきから外されて個人となることは、人間が自由であることの前提である。しかし、それが他者から孤立して無力であってはならない。孤立するのではなく、互いに信頼しながら連帯を持つことが我々に課せられた道なのである。
by Weltgeist
| 2013-11-29 23:56
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