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ジョンが奥さんを連れて帰って来た (No.2103 16/05/20)

 以前、二度にわたって我が家にホームステイしていたイギリス人のジョン・テモテ君がふたたび日本に戻って来た。それも今回はなんと新婚ほやほやの奥さんを連れて・・・。
 2012年に最初に我が家に来た時は、飛行機を作っている工場で働いている好青年だった。そして次の2013年にもう一度来た時は、イギリスに帰ったら工場をやめて神学校で新たに勉強すると我々に言っていた。そうしたら彼は本当に工場をやめて神学校をも卒業。そして、奥さんを見つけて、日本でキリスト教のミッショナリーになりたいと言って戻って来たのである。
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 左がジョン・テモテ君。いや、もう呼ばわりするのは失礼だ。英国紳士の風格を備えた立派な青年になっていたからジョン・テモテと呼んだ方がふさわしいだろう。右が奥さんのビリタ・テモテさん。ロンドンで知り合ったらしいが、彼女はデンマークの何とかという名前(英語の名前なので聞いたけど忘れてしまった)の島育ちで、お父さんはそこで漁師をしていて、ロブスターなんかを獲っていたらしい。彼女もデンマークではサーモンの加工場で働いたあと、スペインの学校を出て、ロンドンでジョンと知り合いになり昨年結婚したらしい。
 それにしてもイギリスから、9000㎞も離れた日本でミッショナリーとして骨を埋めたいと思うには相当の決心がいるだろう。日本の若者は自分の進路を決められず、漠然と生きている人が多いが、ここまで自分の生きる道を見つけ、それに邁進していけるのは羨ましい気持ちがする。とくに若いビリタ(24歳だそうです)の方は日本に来るのも今回が初めて。そんな遠くの国に来ることに不安はなかったのか。聞いてみたら全然気にしている風でもなくケロッとしていた。しっかりと生きる道を決め、それに向かう若さは素晴らしいと思った。 
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 今はロンドンでも日本食がブームで、寿司などは大好きな二人だが、納豆だけはいただけないとジョンが言っていた。正直、私もあの臭いとねばねば感は好きではない。しかし、若くて好奇心旺盛なビリタは、スーパーで納豆が棚一杯並べて売られているのを見て大喜び。それにしても、写真の後ろにあるのは全部納豆である。ここまで多様な種類の納豆を売っているということは、日本人は本当に納豆が好きなんだ。このあと彼女がこれを食したかどうかは不明だが、彼女の笑顔を見れば日本での生活もきっとうまくいくことだろう。
# by Weltgeist | 2016-05-20 23:07

大いなる恵みの連鎖 (No.2102 16/05/09)

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 自然は我々に豊かな恵みを与えてくれる。しかし、ちょっと贅沢を言わせてもらえば、同じ豊かでもあふれんばかりに大きな恵みなら余計うれしい。本来恵みは思いもしないときに人間に与えられるものだから、「多い、少ない」といった量的基準で判断すべきでないのかもしれない。せっかく与えられた恵みを人間のちっぽけな価値基準で差別することは恵みが持つ真の喜びを半減させることだろう。恵みとは自分を越えた世界から与えられるものである。だからどんな些細なことでもただ感謝と喜びを持って受け取ればいいのだ。
 しかし、そうは言っても写真のような大鯛となると尋常な気持ちではいられない。この鯛は先日私の釣り友達が「沢山釣れたので一匹どうぞ」と言ってお裾分けしてくれたものであるが、ご覧の通り、我が家にある一番大きい大皿でもまだからだ半分、下に敷いた新聞をもはみ出す大物である。あまりの大きさに猫どももちょっとおっかなびっくり獲物の臭いを嗅いでいるだけだった。
 おめでたい魚の代名詞である鯛でもここまで大きいサイズは滅多に釣れるものではない。だが、釣友はこのくらいのサイズが何尾も釣れたと、誇らしげに言う。こんな大鯛を人に配るほど釣った彼は、ものすごくエキサイティングな釣りを体験したようだ。釣り人にとって最高に幸福な瞬間、あふれんばかりの栄光に満ちた大漁の恵みが彼に降り注ぎ、そのお裾分けが我が家にまで来たのである。
 恵みというものは伝染する。良き恵みを受けた人の喜びは、それが自然と他の人にも伝わって行く。そうやって恵みの輪はまわりの人々に拡がっていくのだ。だから本当は我が家に届いた大鯛の恵みを次の人に分け与えなければならない。それが恵みをもらった人の使命でもあろう。しかし、残念ながら恵みの連鎖は我が家で途絶えてしまった。私たちはこの大鯛を他の誰にも分け与えることなく、三日間賞味し続けたのである。刺身、煮付け、塩焼きなど定番の魚料理で食べつくし、残った部分は猫どもにも与えた。友人の大漁がもたらした恵みの喜びに我が家は三日間にわたって包まれたのである。
# by Weltgeist | 2016-05-09 23:25

この頃思う、自分の存在理由 (No.2101 16/03/24)

 人は人生の意味をどのように見ているだろうか。その答えは簡単には見つからないだろう。考えても分からないことに関わるのは時間の無駄かもしれない。むしろ生まれてきたから仕方なく生きていると思うのが一番気楽である。小難しいことに首を突っ込まず、とにかく楽しく生きましょう、と思う方が利口であろう。
 だが、そう思っても、怠惰な生活をしていると、ときどき疑問の声に揺すられて、はたと答えに窮することがある。人間はまじめな生き物だからいい加減な気持ちでいようとしても心のどこかから人生の意味を問う声がわき起こってくる。「お前はせっかくの人生を有意義に生きているか」、「動物と同じような惰性だけで生きているのではないのか」、「このまま何も努力しないでいいのか」、という反省の声が心のどこかから答えを迫ってくる。何も考えずに気楽に一生を過ごすことができないのである。
 だがそれでも答えなど分からない。それなのに人は自分の存在理由として人生の意味、生きる意義を探せと促されている。答えが見つからないのに、探そうとする矛盾。しかし、その中にこそ人が生きる意味が隠されている気がする。一茶ではないが「盥(たらい)から盥へうつる ちんぷんかんぷん」で人は一生を終える。赤子で生まれてたらいの湯船で洗われ、棺桶で葬られるまでの間、人生はちんぷんかんぷんなままに終わってしまう。ちっぽけな人間にはその答えを見い出すのはもともと無理だけれど、それでも必死に探さざるを得ない。その矛盾こそが人生の意味ではないのか。
 自分が頼んだわけでもないのにこの世という舞台に裸の赤子で放り出される。そして頼んだわけでもないのに生きろと促され、頼んだわけでもないのに、この世からまもなく退場させられる。人生って世界と呼ばれる「劇場」で演じるドラマという気がする。
 しかし、一体誰が私をこの世に生まれさせ、この世から退出させるのか。無から生まれて無に帰っていく。ニーチェはこれを「虚しきものの永劫回帰」と呼んだけれど、もし虚しいだけなら悲しすぎる。少なくとも私の人生は虚しくはないと思いたい。そうだとすれば、「お前はこの世に出て、生きよ」と命じた者、創造主とも超越者とも神とも呼んでいい何者かが、私自身には分からない隠された意味、存在理由を携えてこの世に送り出したと私は考えたいのだ。
 私を世に送り出した創造主の意図は分からないけれど、何らかの使命を持たされてこの世に送ったのだろう。だからこそ私の人生の意味はある。私をこの世に生まれさせてくれた超越者に感謝し、私に課せられた使命を少しでも理解する。そしてこの世の舞台にいる限り超越者が課した使命に沿うよう全力で努力したい。それこそ私の存在理由ではないか。よわい73歳にしてそんなことを思い始めている。
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フィンセント・ファン・ゴッホ「ウジェーヌ・ボックの肖像」1888年作。パリ、オルセー美術館で撮影。あふれるほどの才能がありながら、誰からも理解されず、生涯で一枚も絵が売れなかったゴッホ。彼の描く人物にはにじみ出てくるような人生の深みが感じられる。
# by Weltgeist | 2016-03-24 22:49

小市民的幸福感 (No.2100 16/02/25)

 寒い季節のおり、幸せって何だろうかと考えてみた。とりあえずは毎朝暖かい布団の温もりのなかにいつまでも潜り込んでいても誰からも文句を言われない。これって最高に幸せなことではないかと思った。仕事をしていた現役時代と違って、目覚まし時計で無理矢理起こされることもない。自然に目覚めて、それから30分ほど布団のなかでじっとしている。外は寒いだろうなぁ、このままずっと布団にくるまっていたいと思う30分こそわが至福の時である。布団が素晴らしい桃源郷を提供してくれる。これ以上何の幸せを望もうか。
 かなり小市民的な幸福感だが、私にはこれで十分幸せと思えるのだ。そして世の中良くしたもので、同じような思いをしたものがいる。私が寝床につく時間になると猫のイライがやってきて布団のなかに潜り込む。彼も暖かい布団で「幸せ」を感じつつ朝までぐっすりと寝ている。そんな愛猫と一緒に布団にくるまって朝を迎えられることが私の至福感を増幅させるのだ。
 だが、いつまでも布団にくるまったままでいるわけにはいかない。万年床状態で一日中寝ていることもできるが、それではなまけ者になってしまう。前回セネカの言葉で紹介したように、怠惰な人生は生きる意味をも虚しくさせる。適度にセーブしつつ30分もしたら覚悟して布団から飛び起きて、一日をスタートさせるしかないのだ。
 嫌だなと思っても、まじめに仕事をしている人たちは、とっくに起きて働いている。仕事もせずに朝の惰眠をむさぼる贅沢さをありがたいと思いつつも嫌々ながら起きるしかない。そうなると、ささやかな幸せはたちどころに消え去って現実に引き戻される。こうやって人は生きていくのだろうか・・・。
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昨日の朝、とくに寒いと思っていたら、雪が積もっていた。夜のうちに降ったのだろうが、これも布団にくるまっていたから朝まで気がつかないでいられた。すぐに消えていくような雪だったが、こんな寒い日でもぬくぬくとしていられる自分にささやかな幸せを感じたのである。
# by Weltgeist | 2016-02-26 23:55

冬の裏磐梯の温泉・裏磐梯レイクリゾートに行ってきました (No.2099 16/02/19)

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 今年は暖冬だという予報が外れて猛烈に寒くなってきた。こんな時は温泉につかるのが一番である。暖かい温泉でゆったりすればどんなに気持ちがいいだろうか、と思っていたら、東京駅からバスで行ける温泉の旅があると妻が見つけてきた。旧星野リゾートから5ヶ月前に運営会社が変わった温泉ホテル・裏磐梯レイクリゾートと言うのだそうで、ここに友人のK氏夫妻を誘って久しぶりのバス旅行をしてきた。
 最近はバス旅行がはやりだが、事故も多い。先日も軽井沢でバスの大事故があり沢山の若者が亡くなっている。他人に運転を託すバスの旅は多少心配もあったが、雪道を自分の車で運転していくとスリップする危険の方がずっと高い。運転に自信のない私にはバスの方がはるかに安心だし、楽である。まぁ、大手のバスなら事故に遭うのもまれだろうと自分に言い聞かせ、八重洲口のバスターミナルに行くとご覧のようなホテル専用のバスが待っていた。
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 東京駅八重洲口を午前9時に出発し、東北道を北進していくが、郡山を過ぎて猪苗代まで来てもほとんど雪がない。今年は先月まで暖かかったから、雪もないのかもしれない。だが、厳冬の雪景色をカメラに納めたいと思っていた私は「雪のない冬枯れの裏磐梯じゃぁ絵にならないなぁ」と少しがっかりしていた。ところが、猪苗代から山に登り始めるといきなり雪が現れ、目的地の裏磐梯レイクリゾートに着く頃には一面が銀世界に変わっていたのである。到着は午後1時、東京から4時間で着いたから意外に近い。
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 ここが本日のお宿、裏磐梯レイクリゾート。旧猫魔ホテルを星野リゾートが経営を引き継ぎ、5ヶ月前から裏磐梯レイクリゾートという名前に変わったのだという。
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 星野リゾートのリニューアルで生まれ変わった新生ホテルだから、きっと評判通りの良いホテルだろうと期待していたら、部屋は檜原湖に面していてたいへん広くて快適だった。ホテル従業員の接客態度も申し分なく、気持ちが良かった。
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 窓の外はこんな感じで、凍った檜原湖が見えていた。この裏山の方に猫魔スキー場があるそうで、スキーのお客さんも結構来ているようだ。
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 早速温泉に入ると、大浴場は50人くらいは平気で入れる大きさである。ここで十分暖まったところで外の露天風呂に行くが、ブリザードのような強い風が吹いてきて、裸の身に冷たい雪が襲ってくる。猛烈に寒いのですぐさま露天風呂に飛び込んだ。外気温はおそらくマイナス5℃くらい。お風呂の中は40℃くらいで檜原湖の雪原を見ながらの気分はなかなかよろしかった。
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 夕食はバイキング。なんでも裏磐梯レイクリゾートは料理の味が自慢なのだそうだが、ノングルメの私にその神髄は分からなかった。とにかく私は何を食べてもおいしいいと思う「幸せな人間」なのだ。しかし、バイキングだと意地汚い私の性格が赤裸々に出てしまう。いつものような悪い癖で、あれもこれもと食べ過ぎてお腹がパンパンに膨らみ、そのあと苦しくてたいへんだった。
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 温泉で暖まった夜を過ごし、翌朝起きたら、すっかり晴れ渡っていた。「宝の山」と歌われた会津の名峰・磐梯山が湖面の向こう側にきれいに見えている。二つある峰のどちらが主峰なのか分からないが、手前側に黒く見えているところが火口のようで、100年ほど前には噴火があったらしい。
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 檜原湖は凍っていて、平らな雪原になっている。その向こう側に見えている白い雪山は昨年紅葉で回った吾妻山だろうか。あの時は紅葉も五色沼も素晴らしかったが、雪の裏磐梯も捨てがたい魅力がある。
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 湖面にはこのようなテントが点点と見える。ワカサギの穴釣りをしている人たちのテントだ。
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 中をのぞかせてもらうと、50㎝くらいの厚さの氷に穴を開けて盛んにワカサギを釣っていた。今のワカサギ釣りはハイテクの塊のような釣り方で、小さな魚体に似合わず、装備がすごい。まずポイントまでの移動はスノーモービル。おおよそのポイントをGPSで決めたら、電動ドリルで氷に穴を開け、魚探で水深と魚影を探る。ポイントは非常に微妙でわずか数m違っても釣果に影響するので、いくつか開けた穴の中で一番良さそうな場所の上にテントを張って釣り始める。竿も超小型の電動リールが付いた極軟の穂先のものを使っていた。
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 この人はほぼ毎週のように檜原湖に通っているのだそうで、見ていると2本の竿を交互に操りながら面白いほどの入れ食い状態で釣りまくっている。右手下の水槽の他、奥の網にも獲物が入っていて、足下にある赤いカウンターに釣れた数をカウントしていた。我々が見に行ったときの時間は午前10時半頃だったが、すでに200尾も釣っていると言っていた。これほど釣れるなら私たちもトライすればよかったけれど、残念ながら昨日着いたときの寒さにビビッてしまったのは失敗である。もしこのブログを読んで冬の裏磐梯に行きたいと思った人がいたらぜひワカサギの「束釣り」にチャレンジしていただきたい。ちなみに「束」とは大釣りの単位で100尾のこと。3束も釣れば300尾の大漁であるが、檜原湖ではそんな釣りが可能である。
# by Weltgeist | 2016-02-19 23:56